松林寺 求道舎聞法会

今日は同じ市内の真宗大谷派、松林寺様の求道舎聞法会に行きました。
毎回近県や遠方から多くの善男善女が集まります。
講師の田中先生や住職の森先生のお人柄のおかげで、毎回とても良い雰囲気で行われております。
いわゆる理屈での理解、前頭葉で完結する理解の念仏ではない、深い信心の話が聞けるとあって噂がうわさを呼び、特に最近は高田派の住職など、プロの聴聞者が多くなってまいりました。

私においてはここ数日、年配の方でも特に社会で成功した地位のある方達から
「法を説いて欲しい」
との真情の吐露を立て続けにいただいております。
心の底には誰しも本当のことに出会いたいという欲求(阿頼耶識)がある証拠だと思いました。
何が起こっても、いつ命が終わっても不思議ではないのがこの娑婆世界です。時間はありません。
ぜひともこの求道者の聞法会にお越しいただきたいです。

今回のお話の大筋は

・人間の幸せは期限付きの幸せ

・神頼みは本当に聞いてくれるかどうかわからないので、だんだん不安になる。

・人間は心の奥底では変化することのない永遠のものを求めている。
・夫婦間で一日何度も「愛している」と言わなければならないのは、相手を疑っているからである。
・外国人に日本がウケているのは、深さを感じているからである。

・人間の幸せとは「思うようになりたい」という心である。

・「ここだけには落ちたくない」そこに仏さまは待っていて下さる。

・仏さまに出あえないのは、まだまだ自分には値打ちがあると思っているからである。上に立っているからである。そのような人は仏になれない。

・人間は自分の能力が落ちてくると、捨てられやしないかと不安になる。

・娑婆(この世)は作りごとの世界。

・今の日本のよりどころは一万円札。これさえもあてになるかどうかわからない。
・不幸の必要性。
・三願転入の念仏には、いずれも「往生」という目的がある。

・計り知れない大きな欲に目覚めるのが仏教である。それは如来の本願である。人間の欲はちっぽけである。

・清浄意欲。

おそらく、このような話は世界中でもここ以外では聞けませんね。
この世を知るには、この世を超えた世界からの言葉に出あうしかないのです。
皆さん真宗の教えに出会えたことを喜んでみえました。